個展「ひとつに還れたなら」
2022/7/30-8/14
MOTIF(香川)

私にとって描くことは、本来の地点へ還るための手段である。
目の前の世界では、個人間での小さな争いから、国や思想・宗教などの対立による大きな争いが、絶え間なく生まれては消えて、日々繰り返されている。そんな混沌とした時代だからこそ、外界で吹く風や、刹那的な感情の波にとらわれずに。一人ひとりが、だれもいない深海の宇宙へ眼を向ける心を持てたならば。
新作の空間作品《ひとつに還れたなら》は、そんな想いで半年の月日をかけて取り組みました。作品の観賞と共に、観る人それぞれが自身の心を内観する機会となれば幸いです。

《ひとつに還れたなら》/ H2500,W5000,D5000mm / 和紙,墨,胡粉,岩絵具,石 / 2022
壁面の絵は、指先の感覚に任せて揉み紙にした和紙を何層にも重ねて形作るこの渦を巻く雲のような炎のようなものは無意識に生まれてくる。
陰と陽、地と天、重力と浮力、静止と躍動、外的世界と内的世界、女性性と男性性、、あらゆる相反するエネルギーが、どちらかに傾いたり、中和するでもなく、対極でありながら同時に存在する景色。
だれもいない、真っ暗なトンネルを潜り抜けた先に掴んだ光の集積が、いつかのだれかを導く光となりますように。

制作をしていると、稀に行けるところがある。
この世でいう死んでいったモノたち、これから生まれてくるモノたち。
形を持たないそれらが一体となった場所。
過去から未来という一方向の時間軸ではなく、これまでとこれからが同時に存在する、さよならのいりぐち。
自分の言葉ではうまく描写できない。
そこは決して私だけの場所ではないから、鮮明にその景色を描写し、必要な人に明け渡せるようになりたくて制作を続けている。
「ここから、還るところ」
2022/10/1-10/110
あさひAIR(長野県)


本作《ここから、還るところ》の制作は、3年前の2019年11月、信濃大町アーティスト イン レジデンス「あさひAIR」での滞在を機に始まりました。その後も自主制作を続け、2021年8月に完成。
会場は大町市内の蔵。敷地内に小さな川が流れており、鑑賞者はまずこの川を渡り、靴を脱いで奥の蔵の中へと入る。

《ここから、還るところ》/ 2022 / H5000 × W3850 × D5300mm / 蔵、墨、白墨、顔料、砂、砂利

鑑賞者は基本一人ずつ、10分間ずつの観賞になる。照明が薄暗く、入ってすぐはほぼ何も見えない。床に座り、じっと身を置くと少しずつ目がなれて景色が浮かび上がってくる。
本作が完成するまでの2年間、何度かこの地を訪れ、四季折々の大町を体感しました。眩しい陽の光に照らされた自然・動植物は皆、生命力に満ちて美しかった。ただ、私が最も心動かされたのは、真っ暗な夜の景色でした。

外灯が少なく、月明かりもない夜の湖は特別だった。空と山が映る水面を眺めていると、どちらが天か地か、実像か虚像か分からなくなる。底無しの黒い空へ吸い込まれて、自分の所在を失いそうな闇に恐れを抱きながらも、すべてを平等に黒く染め、あらゆる境界を曖昧にさせる暗闇の世界に惹かれた。
そんな暗闇の中、向こう岸で微かに灯る光が、心の救いとなった。あの光の方へ向かいたい。そんな想いが湧いてきた。闇の中であるからこそ、その闇が深ければ深いほど、微かな光も切実な救済の光となると感じた。
闇の中に身を置いて、光を描くこと。長期にわたる蔵での制作は、洞窟の中で見えない出口を、外の光を、還るところを、探し求めるかのようでもあった。
この作品を観る人それぞれが、静かに自身の内側を見つめ、その中に灯る光を見つける場となれば幸いです。今いるところより先の、本来の還るところへ、私たちそれぞれを導く光が見つかりますように。